「咳をしても一人」の精神で、あてにしないで一人でいこう

「咳をしても一人」という有名な俳句があります。これは、明治から大正にかけて活躍していた、尾崎放哉という俳人の代表作で、なんとも寂しげな字面とか、俳句なのに5・7・5でないところなどに、この作者の癖のありそうなところや、周囲の人達からやや浮いた存在だったのだろうな、あるいは大変なへそ曲がりだったんだろうな、というところがうかがえます(実はよく知らないのですが)。

 

今のご時世、人との距離を広げる(ソーシャルディスタンス)ということや、対面でのコミュニケーションの削減(リモートワーク、テレワークの推奨)といった、ちょっと前では考えられないことが社会的に推奨されていますが、この先どうなっていくのか、この方向感で正解なのか否かはもう「神のみぞ知る」という感じで、近い未来の姿を想像することが難しい状況にますますなってきています。

そこでここはひとつ、「咳をしても一人」の世界観の本当の意味を考えて、「ネガティブではなくポジティブな意味に捉えて、全面に押し出して暮らしていく」ということを、今の状況に合わせて積極的にしてみるとどうなるか、というところをシミュレーションしてみようと思います。これまでは「みんな仲良く」とか「和を乱さない」とか「協調性」とかが評価されていたところに、価値観の転換が起こって「咳をしても一人、うん、それ普通やん」なんて風潮になれば、個人的には大変生きやすくなるように思えるのです。

 

そもそも誰も親身になってくれない

「咳をしても一人」な世界の大前提は、一人のほうが大勢より好ましい、ということですから、なるべく独立独歩で考えたり行動することが必要になります。DIYです。考えてみれば、子供から大人になるときにも推奨されているような常識レベルの話なのですが、なぜか社会的には「大人になっても群れる」ことが推奨されているように思われます。

 

よく考えてみると、だいたい会社や学校などで見た目群れていても、個々人に対して誰もが親身になってお世話をしているとは考えづらく、結局のところ皆「個々を第一優先というのがみじんも揺らがない状態で、社会的に推奨されている群れで暮らしている」というのが実情ではないでしょうか。

 

そもそも皆誰もが自分が第一なので、他人を自分のように考えて「親身になってお世話する」ということは、ほとんどないということは当然のこととして認識しておかなければならないでしょう。

例外的に、例えば医療や介護関係のようなケースはあるものの、あれは職業的なミッションによるところが大きいですし、親子や親戚等の肉親関係、男女関係のようなケースでも、一見「自分事のように親身になっている」ように見えたりしますが、実態としては、自分自身のメリットデメリットを考慮したうえで、打算的に妥協や諦観をもってふるまっている部分も結構大きいものです。

 

「咳をしても一人」は気の持ちようの問題

「咳をしても一人」といっても、咳をする場所は家であったり外であったり、スーパーであったり飲食店であったりさまざまです。もっといえば家族と暮らしている家の中でも咳をしたときに「うわ、一人やなあ」となることはあります。

人気のない山の中で一人でキャンプをするとか、交通の便が悪く、観光的な人気もない冬の海にたった一人いる、深夜の駐車場に一人でいる、ということでもない限り、だいたいは人に囲まれて生きているので、「一人」ではないわけです。しかし「咳をしても一人」は起こりえます。

「咳をしても一人」がなぜ起こるかというとそれは、「内面の問題」であるからです。周りに人がいようがそれが他人であれば、それは群れていても「一人」ですし、家族や肉親で群れを作って暮らしていたしても、「仮面家族」、「仮面夫婦」ではないですが、精神的にべったりというか一蓮托生な関係でもない限り、群れていても「一人」です。結局のところ「咳をしても一人」は「本人の気の持ちようの問題である」、といえます。

 

基本は一人であることを意識して生きていく

「一人であることを意識する」ということは、つきつめると「全部自分でやる前提で物事を考える」、「他人をあてにしないことを意識する」ということに他なりません。

 

とはいえ実際には周囲の人に助けられることも多々起こりますから、その場合は、「和を乱さないように協調性重心で他人を当てにする生き方」よりも、期待していない分大変うれしいですし、感謝の気持ちも自然とわいてくるのではないか、と思われます(まあ半面「疑心暗鬼」のようなものも生まれそうですが)。

本人の気の持ちようを「基本は一人であるので、何でも自分でやる、他人に期待しない」とするだけなので、今すぐできます。「基本は一人である」、「咳をしても一人」をベースに生きていくことは、他人からの同調圧力的なもの起因で、一見簡単にできることではないようにも見えますが、自分の気の持ちようだけでも案外うまくできそうですし、気持ちも楽にもなりそうです。やってみましょう。