今日も海に行けなかったがええやないか、ぼちぼちいこう

言うまでもなく時間は有限であり、今日やろうと思ってできなかったことが、明日できるとは限らない。ちょっとした勢いや無理で、今日やりたかったことをやったとしても、万事うまくいくとは限らない。今日は海に行くぞ!前回と決心したのは、かれこれ1か月前であったが、ぼーっと過ごしていたら、一か月がさあーっと過ぎてしまった。未だに海に行けてない。

 

★だいたいはうまくいかない

競馬でもなんでも、やりさえすれば必ずうまくいく、ということはまずない。というか、競馬やライブ等の芸事や、仕事上のシビアな交渉。ちょっとぎくしゃくした家族との関係改善等においては、どちらかというとアクションの結果が「うまくいかない」可能性の方が高い、とさえ思える(マーフィーの法則的なもので)。


★やろうがやるまいが日々は続く

しかし私たちは日々生きている。ちょっとした病気を持っているかもしれないけれど、さらには面倒な感染症にかかってしまうリスクもなくはないが、それでもやりたいことは、やりたいと思う。事故とかで突然死んでしまって、今の先の時間が未来永劫なくなることもあるわけやし。

 

★時間がもったいない

外出自粛といわれて「家で飲めばいいじゃん」、とかいうのは、何か本質的な問題解決になっていないように思う。一方で、感染リスクや、時間がないことを理由に、やろうとしたことを、いとも簡単にやめたりする。結果、家で酒を飲むとか、結構どうでもいいことに空いた時間を費やしてしまうことは、実に多い。もったいないなあ、となってしまうことも、実に多い。


★ちょっとでもなんかやる

こんなことやってたら、人生終わるわな。「それでええのです」という人もいるかもしれないけど、あまりにもしょうもない感があって、「ずーっとこのままでもええわー」とは、なかなか思わないものである。

やっぱりちょっとずつでも、こつこつなにか「やりたいことを続けていく」ということに、意味があるのではないか、と思うのだ。いやほんまに、「小さなことからこつこつ」、いや、意味があるというよりも、(あくまでも自分自身の閉じた世界的に)納得感のある生を過ごせたような気がするのです。これが他人にとっても何か意味のあることであったりしたならば、さらにええもんですよ。相手がリアクションするとうれしいし。というわけで私は、「少しのことでもちょっとアクションして、たとえそれで軋轢が起こったとしても、なんもせんでぼーっとやりすごすよりは、ええ」と思いますよ。

 

★真摯にやる

あともう一つ、軽いノリで「小さなことをこつこつやる」にしても、それが習慣化するような、しばらくやってたら、やらないでいると違和感が起こるような、そんなところまでくれば、目論見は成功しそうな気がする。もしかしたら、習慣から意味のある人生は構築することが可能なのかもししれない。逆に、先送りを増長するような習慣を特定出来たら、意識してそれを排除したら、ええほうに流れていくやもしれん。今日はこんな感じでおしまい。