「狐狼の血」と「仁義なき戦い」を比較して見えてくる、群像劇の未来

「狐狼の血」という映画を見てきました。予告編を見ると、登場人物が広島弁で話していたり、オール広島ロケという話、それから原作が「警察小説×仁義なき戦い」という評判だ、てな話も伝わってきていたので、「仁義なき戦い」が好きな私は、「へー、どんなもんかいなー、どっちか言うたら、県警対組織暴力よりなんかなー」、なんて軽い気持ちで見に行ってみたのです。

結論としては、「仁義なき戦い」とも、「県警対組織暴力」とも違う、なんだかテイストが違う映画でしたね。どっちかといえば「アウトレイジ」に近いけど、また違った別の面白さがあった、といいますか、群像劇の未来を感じさせる作品でした。

 

「仁義なき戦い」は秀逸な群像劇

「仁義なき戦い」も「狐狼の血」も、昭和の広島(後者は厳密には架空の都市)が舞台で、怖そうな方がたくさん出てきたり、同時並行的にいくつかのエピソードが進行したりと、フォーマットは踏襲しているように一見思えるものの、仕上がりが全然違うといいますか、おそらく監督が目指したところが別だったんじゃないか、と思います。間に「アウトレイジ」シリーズが存在していたことも、関係しているのではないか、と思われます。

「仁義なき戦い」は、1970年代に作られたいわゆる「実録もの」の作品のひとつで、ストーリーは、作家の飯干晃一氏原作とされているものの、実際には映画の題材となっている、広島抗争の当事者である元受刑者が、獄中で書き上げた手記をもとに製作された作品です。

実録の生々しさ、脚本のうまさ、当事者への取材の緻密さ、監督のセンス、キャスト、そして公開当時の時代背景も相まって、類を見ない迫力を持った作品として名高い映画で、「仁義なき戦い」という言葉や特徴的なテーマ曲が、今でもバラエティー番組などで使われたりしています。

たくさんの登場人物が、同時代においてそれぞれの人生をつき進むのですが、かなり端役の人の人生や判断も丁寧に、といいますか、分け隔てなく描かれているので、誰が主役かわからなくなってくるぐらいに、群像劇として秀逸な作品です。

 

展開の意外さ、見応えある人間ドラマの「狐狼の血」

対して「狐狼の血」のほうは、2015年に作家の柚月裕子氏が著した同名ミステリー小説が題材で、氏は「仁義なき戦いが好き」ということを、インタビューなどで公言されているので、原作にも「仁義テイスト」は少なからず入っていたのでしょう。

しかし映画「狐狼の血」では、舞台や広島弁など、全体トーンとしては「仁義テイスト」を感じるものの、「群像劇」や「抗争ドラマ」にはそれほどフォーカスしておらず、もっぱら主人公の刑事とその同僚、周囲の人たちを中心に、人間ドラマを描いているように思われました。

特に、主人公にまつわるストーリーは、「仮面ライダー龍騎」の結末を思いださせるもので(ご存知ない方のほうが多いかと思いますが、群像劇や多面的な人間ドラマのファンとしては意外とあなどれない作品です)、ドラマとしての意外性と主人公の人間性、それに影響される人間の思いがけない選択などを際立たせる効果を生んでいます。

群像劇の未来

白石和彌監督の作品では、「凶悪」が自分の中ではスマッシュヒットであったこともあり、「大勢の登場人物によって描かれる、多面的立体的な群像劇」としての期待よりも、「少数の登場人物に絞って人間ドラマを展開して、周囲の人間をも巻き込んで、善悪の彼岸までつっ走る人間模様」的なものを期待していたところもあったので、そういった点では「期待どおり」のエグみは堪能できました。

この路線、群像劇の未来を作っていきそうな予感もします。ということで、まだ見ていない方々は、一見の価値ありです。

最後に、「凶悪」、「アウトレイジ」、そして「狐狼の血」にも出演されているピエール瀧さん、「シャングリラ」が好きで出演作も意識するようになったのですが、近年役者としても味のある良い仕事をされていて、唯一無二です。

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