「彼女の人生は間違いじゃない」がITプロジェクトのPMOに刺さった理由

先日、「彼女の人生は間違いじゃない(2017年、廣木隆一監督)」という映画作品を見ました。この映画は、「さよなら歌舞伎町」と同じ監督の作品なのですが、根底に流れる「乱暴で極端なテイストだけど、優しさを感じる後味」は本作でも健在で、なんといいますか、ストーリーにおける主人公や登場人物への共感はありましたし、「さよなら歌舞伎町」では前田敦子さん、我妻三輪子さん、南果歩さん、イ・ウヌさん(ウンウと読み場合もあるようです)という韓国の女優、染谷将太さん、松重豊さんなどの巧い俳優、「彼女の人生は間違いじゃない」では柄本時生さん、瀧内公美さん、光石研さん、高良健さんなどといった俳優、女優陣の、真摯でプロフェッショナルな演技もあり、さらに加えて、監督の価値観や経験、人生観、映画を作る技術、俳優・女優陣の持ち味を目一杯活用できる技術なども一体となって観るものを巻き込んで、自分は巻き込まれて、しかし見終わったあとは、なぜか前向きな気持ちになれたんですね。

もう、「このプロジェクトに、仕事に関わりたかったぞ、うらやましいぞ、関わった人はきっとナイスガイなんだ、もし関われていたら、俺もナイスガイになれたかもしれないぞ」、くらいにハマったので、今後も落ち込んだり嫌になったりした時には、また時々見よう、と考えているところなのですが、なんで映画の題材や舞台、主人公の職業設定などになんら接点のない、いわば「縁もゆかりもない」ITプロジェクトのPMOを生業にしている私が、これだけ惹き付けられるのか。

もしかしたら、同じような思いを持っている人がいたら、思いっきり響く、刺さるのではないか。前向きなになれるのではないか。そう考えて、何が響いたのか、改めて掘ってみる、振り返ってみることにしました。

 

迷いのある人に響く

結論から申し上げますと、なんらかうしろめたかったり、自信がなかったり、不安だったり、いまひとつ充実感がなかったり、迷いがある場合に、響くのではないか、と考えます。なぜならば、自分がそうであるからです(見も蓋もなくてすいません)。お金がないからかな、とも考えましたが、お金の問題ではないように思います(そもそももうけ話が題材のの映画ではありませんし)。お金だけであれば、ある意味建設的かつポジティブ、なおかつ短絡的に、お金だけの世界にまい進することが可能ではないか、と思います。目的がはっきりしている場合には、生き物はまっすぐに生きることができることは、虫や動物といった「生存に忠実な生き物」が示しているとおりです。なまじ悩んだり後悔したり、見栄を張ったり、何かを信じたり、喪失を喪失として、肉体より気持ちが受け止めたり、好きな人や大事な人のことを思ったり、くるくる気が変わったりするから、人間ならではの妙な「迷い」は発生します。

このあたりを制御したり、絶妙な良い加減を発揮できたり、なおかつそれが自分本位におさまらず、多くの人を巻き込めるという能力こそが「人間力」ではないか、と考えているのですが、「さよなら歌舞伎町」や「彼女の人生は間違いじゃない」といった作品は、舞台設定や登場人物の選択が、やや極端ではありますが、「人間ならではの迷いと、迷いから生じる人間ならではのチカラ」という意味で、人間の命題といえばおおげさですけれども、非常に普遍的な要素を感じます。

この作品の登場人物は、大きな喪失を経験しているので、迷いや苦しみの振れ幅も相当大きいでしょう。福島を経験していない私がそのように感じる背景には、長い人生でさまざまな出来事があったり、今も日々いろいろ試行錯誤していることとも関係しているようにも思います。

 

人間の多面性を実感できる

もうひとつ、この作品に共感できる大きな要素として、「人間の多面性を、正面から描いている」こともあげられます。主人公の女性は、いわきの市役所勤めですが、週末は東京でデリヘルで働いています。仮設住宅で一緒に暮らしている父親には、「英会話教室に通っている」と嘘をついています。

その父親は、震災でなくした妻を忘れられず、働くこともせず、補償金で毎日お酒とパチンコにいそしんでいて、それが原因で娘とうまくいっていません。しかし、震災前に従事していた農業に対しては強い誇りを持っていて、映画のラストでは農業に復帰できたとも受けとれるシーンが挿入されています。

他にもデリヘルの従業員が、役者や父の顔を持っていたり、余命少ない老妻を抱えた頑固な男性が、汚染された土壌への納骨はできないと伝える市役所職員に辛くあたったあとに、それでも職員を慮る一面を見せたりと、「人間には多くの思いや顔があって、たまたま今接している、自分が見えている顔は、多面的な相手の顔のひとつでしかない」ことを示してくれます。このことも、自分だけではなく相手も迷いつつ、日々生きていることを実感でき、なんだか優しい気持ちになれて、作品に共感できた理由です。

 

ITプロジェクトのPMOと何の関連性があるのか

「さよなら歌舞伎町」と「彼女の人生は間違いじゃない」、ふたつの作品に共通している舞台設定は、新宿と福島、それから風俗です。翻って、ITプロジェクトのPMOを生業としている自分は、これらの作品とはなんら直接的な接点はないのですが、そんな自分にこれらの作品が刺さった最大の理由は、「PMOが必要とされる舞台が、経済活動的に極端である、つまりがけっぷちの状態が多いこと」にあるのではないか、と考えます。

ITプロジェクトというものは、本来であれば、プロジェクトの役割分担に基づいて、各パート=要員が、自律的かつプロフェッショナルに活動できれば、PMOに代表されるような、コミュニケーションハブやファシリテーター、事務方といった裏方業務は必要ないのですが、大半のプロジェクトでは、必要とされているのが現状です。

失敗プロジェクトのオーナーの多くが、「真っ先にコストカットすべきはプロジェクト管理工数であり、PMOがいなくても良い、必要ない」、と考えているのです。こういった価値観のプロジェクトオーナーが、経済活動的ににっちもさっちもいかなくなって、PMOと呼ばれる「何でも屋」ないし「魔法使い」を呼ぶ、またはPMOを商売としている会社または個人が、大手であれば新聞に載りそうな失敗プロジェクトに対して「魔法使い」を売り込む、といったことが発生しています。

その時点でプロジェクト的には既に「デスマーチ」が進行していることが大半です。いってみれば、ここで取り上げている作品で描かれている「極端な世界」が、既に出来上がってしまっている、ということです。極論すれば、PMOは「末期症状でしか、投入されることがない」のです。こういった意味でここで取り上げている作品は、とても他人事とは思えないのです。

理不尽なシチュエーションでも前に進めることはできる

「彼女の人生は間違いじゃない」とITプロジェクトのPMO、一見なんら接点のない関係なのですが、「理不尽なシチュエーションに放り込まれて、しかしなんらかの着地を、自分の価値観や利害関係者との調整の中から探しだして実行し、前に進む」という視点では、まったく同じであり、なんらか喪失感や迷いがある人には共通の感覚なのではないか、とも思えます。苦しいところのある人は是非観てほしい。前向きになれるかもしれません。

最後に、「さよなら歌舞伎町」でも「彼女の人生は間違いじゃない」でも、高速バスが印象的に取り上げられていたことと、megさんというアーティストの歌が、作品世界に余韻と奥行きを与えていると感じたことも、付け加えておきます。良い作品です。

 

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