性善説は正しいの?制約理論と人間力

「性善説」という言葉があります。これは、仕事や趣味で他者と関わる際に、相手は「悪いことはしないだろう」、「常識的な振る舞いをするだろう」という前提を置くという考え方で、いわゆる「常識的で良い人の集団」であれば、一見成り立つような、物事がうまくいく確率があがりそうな感じがします。

が、実際にはそんなにうまいことにはならなくて、相手に想定外の行動を取られたり、自分以外の皆がたばになって「ちげーだろ」とか「頭おかしいんじゃないですか」などと凄んどくるなど、なぜか「性善説」を信じた本人が袋叩きにあったり、といったことは、決して少なくありません。それでは「性善説」の真逆の考え方である「性悪説」に立って行動すればうまくいくかというと、そうもいきません。これは自分のほうが「あれはできたの?できてないでしょ」とか「どうせロクなこと考えてないやろからな」とか、言動も排他的かつ刹那的なものに自ずとなってしまい、やはりいい結果を生みそうもありません。何かいい着地点はないものでしょうか。

制約理論という問題解決方法論

「性善説」と「性悪説」の取り扱いの機微といいますか、コツのようなものを提示してくれる方法論に、「セオリーオブコンストレイント(略称=TOC)」というものがあります。この考え方は、イスラエルの物理学者であったエリヤフ・ゴールドラットという方が唱えたもので、日本語では「制約理論」と呼ばれています。1984年にゴールドラット氏が著した「ザ・ゴール」というビジネス小説は、日本でも大変有名です。

「セオリーオブコンストレイント」の肝は、「物事のボトルネック=制約条件を見つけ出して、最大限活用する」というもので、仕事から恋愛、教育や子育てまで、あらゆるシーンで活用できるというスグレモノなのですが、この理論を有効活用するための4つの基本精神のひとつとして「人は善良である」、つまり性善説に立つことを推奨しています。そして先にお話したような性善説に立った場合のリスクを、他の3つの基本精神や、思考プロセスやクラウドといった各種の問題解決ツールで軽減しています。あと3つの基本精神とは、「ものごとはそもそもシンプルである」、「どんな対立も解消できる」、「決してわかったと言わない」と続きます。

組み合わせと深掘りが効果の秘密?

性善説だけを盲目的に信じて行動することはあまりにもリスキーなのですが、ベースの考え方としては決して無謀ではなく、「セオリーオブコンストレイント」のように、他のポリシーと組み合わせることや、見つかった問題に対して適切な方法で深掘りすることを厭わなければ、「自分も相手もうまくいく」、つまり「ウィン・ウィン」の着地の可能性が高まる、ということです。ということで、「性善説」>「性悪説」、さらに「性善説」のリスクを軽減するソリューションとして「セオリーオブコンストレイント=制約理論」はおすすめ、てなお話でした。

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