なぜなぜ分析で見えてくる、目的と思い込みと人間力

何か行動を起こすうえで、「何のためにやるのか」は常についてまわります。意味のない行動というものは、おそらく人間においては「ない」のではないか、と思います。たとえばこの「ブログを書く」という行動。私の場合、いくつか理由が存在しています。「文章を書くことでお金にならないか」という金銭欲、「なにか発信したい」という自己顕示欲、あとは「なんか忙しくやってる感が得たい」という、これは「なに欲」というのかよくわかりませんが「貧乏暇なし実践欲」みたいなもの、こんなところが目的として思い浮かびます。

しかしこれらは目的として、なにかしっくりこないことも、また実感としてあります。とはいえ「なんとなく」を目的にしているとすれば、結構手間をかけているので、あてはまる実感がないので、少なくとも「なんとなく」ではなさそうです。表面的に「目的」として認識しているもの、たとえば「お金」!これは実は「思い込み」ではないか、なんでかというといまいち気合いが入らないからで、ここにもなんらか「人間力」といいますか、意識的または無意識的な「なにか」が働いているのではないか、と考えてみました。

突き詰めて考えるとわかる「目的」

この手の「モヤモヤ感」を解消するための方法論は、巷にアホほど溢れていて、「仕組みを提示する」などと称して、不労所得を企む悪の秘密結社も多数目にするのですが、自分でタダでできて、やり方的にも比較的お手軽で効果のありそうなものに「なぜなぜ分析」という手法があります。この方法は「トヨタ生産方式」や「カンバン方式」などの生産性向上手法と一緒に取り上げられることが多いのですが、中身は至ってシンプルで、何か問題があったり、改善すべき点を見つけ出したい時に、対象について「なぜそれが起こるのか」という問いを、5回以上繰り返す、というものです。

5回に限定しなければならないとか、5回やれば確実に解決策が出るかというと、そういうわけでもないので、5回というのはまあ目安なのですが、さすがに広く知られているやり方だけあって、この方式は結構使えます。最初に問題を絞りこんで深掘りしていくと、本質的な原因が見えたり、1回や2回の「なぜ」では思いつかなかった改善策が浮かんだりします。人間は、結構思い込みが激しい生き物なのですが、「で、その原因の原因は何か?」と繰り返しているうちに、無用な思い込みが剥がれていって、本当の目的やゴールが見えてきます。

感情に走らず、論理的に素直に進める

とはいえひとりでひたすら内省的な深掘りを延々続けると、哲学的な方向に行ってしまわないとも限らないので、なるべく感情論や哲学方面に走らず、シンプルに論理的に、それから素直に深掘りしていくのがコツといえばコツで、間違っても「なぜならばアホやから」とか「社会が腐っているから」といった、簡単にはどうにもならないような答えに行きつかないようにすることを意識します。

ひとりでやらずに、何人かでディスカッション形式でやるようにするのも有効で、性格や価値観の違いから、意外に客観的なアイデアや、本質的なゴールにたどり着けたりしますので、おすすめです。ちなみに私の場合、ブログの真の目的は、「楽しく過ごしたい」でしたが、結論にたどりつくまでに客観的な考察ができたりして、わりかし気に入ってます。しかし、もやもやは晴れない、というのが目下の課題です。人間力研究は、ぼちぼちですが続きます。続けます。

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