「価値があること」とは何か

仕事の時間の多くをPMOという立場で活動している私にとって、自分の活動が本当に「価値があること」かどうかわからなくなることが、割と良くあります。PMOという仕事は、簡単にいえば「プロジェクトで、仕事を取り仕切るプロジェクトマネージャー(いってみれば現場の親方です)の支援全般をおこなう仕事」です。

人にはりついて、プロジェクト成功までをあれこれ支援するのですが、ところどころ「価値があるか否かが疑わしい」と感じながら遂行する仕事も、正直存在します。しかしそう感じるのは自分自身であり、「価値があるか否か」という問いに対して、絶対的な答えになっているかどうかというと、それは「否」でしょう。なぜならば親方や周囲の利害関係者(プロジェクト用語では「ステークホルダー」と呼ばれています)が「価値がある」と思っているから、私にとって「いまいち価値がない」と思っている仕事でも、遂行するように指示されるといったことも、よくあるからです。「価値がある」こととは、いったい何なのでしょう。

万人が「価値がある」と感じるもの

 すべての人が等しく「価値がある」と考えて、それだけのために皆一丸となって進むことができるのであれば、プロジェクトというものは楽勝でしょう。もっともプロジェクトがそんなものであれば、PMOという仕事自体いらなくなって、プロジェクトの要員体制も、もっとシンプルなものにできますが、実際にはそうはいきません。皆それぞれの思惑で、判断したり動いたりするのが普通です。その結果、プロジェクトのいろいろなところに綻びが生まれ、最悪の場合は、プロジェクトが終わらないまま破綻してしまいます。プロジェクトを成功させるには、参加者すべて、万人が「価値がある」と感じる何かをゴールに設定すれば、うまくいくはずです。

「価値を生む」ための人間力

万人の価値をあわせることは、ほぼ不可能です。なぜならば、皆育ってきた環境も置かれている立場も、性格や性別、貯金の額、趣味など、なにもかも異なるからです。この状態で放置すると、「価値観の違い」が顕在化して、プロジェクトがカオスな状況になって、崩壊してしまいます。これを避けるためにPMOが動きます。利害関係者にメリットを問いて回ったり、トレードオフの説得をして回ったり、言質を証跡として残して全体に周知したりと、まるで「プロジェクトのモノつくり」とは関係ない調整、コミュニケーションに注力するのです。調整の結果として、「万人が良いと思うゴール(またはしぶしぶでも妥協できる落としどころ)」が作り出され、なんとかプロジェクトは進んでいくのです。

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