人間と虫の違いが人間力?人間力の本当の中身

人間力について、ひとつ仮説をおいてみます。人間力とは、それはもう「人間力」というくらいですから、人間にしか備わっていなくて、人間以外の生き物、例えばイヌやネコ、ゾウなどの動物や、アリやミミズ、キリギリスなどの虫、植物、それに車、船、人工衛星などのモノや、パンや牛乳、コーヒー、うどんなどの食べ物には備わっていないチカラ、それがいわゆる「人間力」であるとしましょう。そうすると、意外に人間力の実像、本当の中身がわかりやすくなる気がします。

 

二足歩行や言葉を発することも人間力

巷でいわれている「人間力」は、なにやら妙に高尚で、学歴や職歴、ポリシー、思想、それに気遣いなど、もっぱら「肩書き」や「精神論」で語られることが多いのですが、よくよく考えてみると、二足歩行や言葉を発すること、文字を書くということなども、動物や植物やモノや食べ物にはできない、またはやろうともしていない(ようにみえる)ので、なんだか当たり前すぎてそれっぽくはないけれど、立派な「人間力」であるわけです。一説によると、イルカやサルなどは「言語によるコミュニケーションを使っている」とも言われていますが、イルカが呼び込みをして商売をしたり、サルが玄関で靴を履きながら「行ってきます」と言っている様子を見たことは一度もないので、人間力とは異質なものです。

言葉と道具を進化させる力

このように考えてみると「人間力」とは、何かに対して言葉を使ってコミットしたり考えたり、道具を使って効率化を図ったり、という能力や意欲そのものを指している、と考えられます。そのように考えれば、ただただ機械的な対応に明け暮れたり、うまく道具(人間力を語る場合、道具という言葉よりも、ツールといカタカナ日本語のほうがしっくりきます)を使えなかったりした場合に「人間力がない」といった評価をされがちなのは、大変解せるところです。「人間力」の本質には、「言葉」と「道具」をうまく使いこなす、という意味合いが、含まれていそうです。

「人間らしさ」は「人間力」

さらに、言葉と道具を駆使するうえで「虫と違うところ」を探してみると、何かの都合で迷ったり悲しんだり、思わずうまくいって喜んだり、といった「感情の動き」や、個人の感情が周囲にまで影響を及ぼすという、人間同士のやりとり特有の事象も「人間力」のひとつである、と考えられます。せっかく人間として生まれて、虫やモノにはない特性を持っているのですから、うまく駆使して「良い」と思える状況を、作り出したいものです。

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