バランス感覚と人間力

「バランス感覚」というキーワードから、どんな事象や状態を連想するでしょうか。「バランス」という言葉はもともと英語で、「天秤」、「はかり」、「つりあい」、「均衡」、「調和」といった意味を持つのですが、これらを保つことや、これらを意識した感覚というものが、生きていくあらゆる場面で取り沙汰されている「バランス感覚」なのではないでしょうか。2003年に内閣府に設置された「人間力戦略研究会」というグループが発表した文書では、人間力とは「社会を構成し運営するとともに、自立した一人の人間として力強く生きていくための総合的な力」であり、人間力の向上とは「知的能力的要素、社会・対人関係力的要素、自己制御的要素を、総合的にバランスよく高めること」である、と定義されています。人間力の向上のために求められる「バランス感覚」とは何か、を考えていきます。

日本の教育で重要視されている協調性

日本の幼稚園や小学校、中学校などの通信簿では、「バランス感覚」は「協調性」という評価項目として取り込まれており、日本ではかなり昔から重要視されている要素といってよいものです。欧米人から見た日本人のイメージの中で上位を占めるのが、「和」というキーワードに象徴されているような「協調性」である、といいますから、近代の日本の義務教育の方針が奏功している、とも考えられます。しかし、子供のころの通信簿では常に「協調性=△(数十年前の通信簿では、◎〇△の三段階評価でした)」という評価であった私には、何か違和感が感じられます。

バランス感覚と相反する資質

人間力のひとつの解釈として、「協調性が必要」なことは事実なのですが、先にご紹介した内閣府のチームの見解は、多分に小学校や中学校での「協調性の評価」に寄ってしまっているような印象を受けます(お上発の見解であるが故に「なんとなく受け入れがたい」、というところもありますが)。違和感を感じてしまう原因は、大きく2つあります。ひとつは、ここで言われている「バランス感覚」が、「他人や社会という相手ありきの大方針」のように思えること、いまひとつは、「バランスをとる(集団または複数要素間の協調性を保つ)」ためには、バランス感覚と相反する資質や能力、つまり「相対的にアンバランスな個性」を発揮する必要がある、ということが、整合性を持って語られていないように感じられることことです。

バランスをとるためには、集団の中においては少数派、つまりアンバランスな要素、これはリーダーシップだったり、(多少の)強引さだったり、多くの人とは違った価値観だったりするのですが、これらの資質は、相手に合わせるという意味でのバランス感覚を保っていては、うまく活用することができません。強いリーダーシップを発動することや、少数派でも勇気をもって主張すること、目的を達成するために相手を説得することなどは、多少周囲から浮いても、目的を着地させるためのアクションをとることであり、これこそ「真のバランス感覚」である、と思えてなりません。

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