人間力をつける方法:音楽で感動する①

「人間力」を語るうえでの私の原点として思い当たることは、今振り返ってみると、十代の時に出会った、すばらしくも奇異でユニーク、かつなんだか不穏なミュージシャンの作品や、作品世界のベースになっているミュージシャンやアーティストの価値観、生きざまに触れたことでした。彼らの価値観やユニーク性をベースに、こつこつと、しかし脈々と受け継ぎ、継承し、進化させてきた「判断基準」は、今も私の人生における重要な指針となり続けています。ぃまいま構築されている判断基準を作り上げることとなった、言い換えれば価値観の一部となるほどの感動を与えてくれた、代表的なミュージシャンやアーティストをご紹介して、私の中の「人間力」が何なのか、改めて考えていきます。

 

町田町蔵の唯一無二さ

まず真っ先にあげたいのが、町田町蔵(現作家の町田康氏)と、彼が率いたINUやFUNAです。1975年代後半から1980年代前半にかけて、イングランド発のパンクムーブメントの波が、当時の日本にも影響をおよぼしていまして、関西ノーウェーブや東京ロッカーズなど、何バンドかが集まって独自の音楽シーンを形成していく、といった動きも少なくありませんでした。町田町蔵氏の結成したINUというバンドは、そんな日本のパンクロックシーンの創世記に活躍したバンドのひとつではありましたが、およそパンクらしくない曲のアレンジや、全体的なつかみどころのない雰囲気、裏読みしようと思えば、無限に仮説を組み立てられそうな歌詞、そして、イギリスやアメリカのパンクバンドの定番な歌い方に真っ向から背を向けるような町田町蔵氏の歌い方、このあたりに強く関心を覚えました。パンクという概念自体も、なぜか常に、多数決で決まった事象に対して違和感を覚えてしまうという私の性格にも大変マッチしていまして、パンクの単純でいい加減なところや、なんとなく実験的でニッチ感が漂っているところも、町田氏のライブや作品を体験する以前にかなり私の価値観の一部として定着しつつあった、という背景もありました。

自然発生的なユニーク性

ほどなくINUは解散し、その後町田氏が結成したのがFUNAでした。彼らの活動は1982年の初頭から暮れまでと、わずか10ヶ月という短さでしたが、INUで構築した独自世界を一旦リセットして、ばらばらになったパーツを再構築のうえ、もはや呪詛と化した町田氏のボーカルを被せたようなサウンドは「唯一無二」としかいいようがなく、未だ「似た雰囲気のサウンド」やいわゆる「フォロワー」とおぼしきバンドを見たことがありません。この事実は、「独自性やユニーク性というものは、狙って作れるものではない」ことをあらわしているのではないでしょうか。人間力の一端を示しているように思えてなりません。

独自性に触れる体験と人間力

1970年代の大阪万博で、芸術家の故岡本太郎氏が製作した太陽の塔は、子供心に「極端な独自性には、何か不穏な要素を孕んでいる」という印象を受けて、その後も強烈な印象が薄れることはなかったのですが、町田町蔵氏とFUNAには、太陽の塔と並んで「不穏な何かがしみついた、しかも触れた者のその後の一生に残る痕跡」を植え付けられたようで、しかしそれこそが現在の私の人間力の原点なのです。このテーマをさらに深堀すれば、人間力が見えてくるような予感があります。もともと持っている価値観や資質が、感動をトリガーに可視化されたり自覚できたりする、という効果がありそうです。

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