人間力とサステナビリティ

生きていくうえで遭遇する、あらゆるシーンに必要な「人間力」は、「なにがしか必ず存在しているもの」として、多くの人が実在していることを無意識ベースで確信しているにもかかわらず、「何をもって人間力なのか」、「人間力を鍛えたり溜め込んだりすることは可能なのか」、という課題に対して、誰もが納得するような解を、人は未だ出せないでいます。快適に、利益を出しつつ、かつ自分自身に無理なく自然体で生きていくことは、誰もが望んでいるはずなのですが、そのために必要ななんらかのモノが「人間力」である、という仮説をもとに、「人間力」の正体を探してみましょう。ここでは近年巷でよく取り上げられている「サステナビリティ」という概念から、人間力を考えていきます。

 

サステナビリティ=持続可能性

サステナビリティというキーワード、聞きなれない方もおられるかと思いますので、かいつまんで説明すると、個人や環境、企業などが、さまざまな文明の利器と共存しつつ、永続的な存続を目指すこと、日本語でいえば「持続可能性」という意味になります。企業のCSR活動との関連性も深いと考えてられていて、主に経済、政治、文化、そしてエコロジーの領域で、さまざまな取り組みが行われています。サステナビリティやCSRの活動の大きな特徴は、「個人や企業個体の利益追求とは別に、国や宗教、ひいては地球全体に対するアプローチを行うことが前提」というところです。いわば「公の利益に関わる社会貢献」を、個々が意識している、というものです。感覚的なところで、「人間力」になんらかの関連性がありそうなことを感じます。

個々の快適に必要な環境改善

思うに、サステナビリティやCSRも、突き詰めれば個々の快適の追求の結果、起こっている活動ではないでしょうか。目先の個々の快適さ、例えば衣食住の充実の、その先にあるものが、衣服や食材の安全性確保や、住環境の改善、ないしは良い状態の持続である、と考えられます。

より根本原因に近いところを意識する

ここで今一度「人間力の意味」を考えてみると、サステナビリティやCSR活動を、単に「社会貢献」や「環境保全」といった、ややもすると「きれいごと」とか「建前論」で片付けてしまうか、自分自身の快適につながるもの、いわば「自分事」として捉えることができるか否か、というところがポイントなのではないでしょうか。自分自身の生活をよりよいものにするために一歩踏み込んで考えて、対象に対して実際に行動を起こすこと、これが「人間力」の重要な構成要素のひとつである、といえそうです。即行動が難しいようなら、快適に向けた根本原因により近いところを意識するだけでも、かなり言動や行動が変わってくるでしょう。

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