なぜ人間力が必要なのか

人間力についてのあれこれをお話するにあたって、はじめに、「人間力ってあるんだなあ」、「人間力が必要だなあ」と思うに至った経緯からお話します。

 

人間力=コミュニケーション能力?

ここ数十年、アルバイトから会社勤めまで、さまざまな仕事(英語でいうと「work」)に従事してきまして、その中で、膨大な「初対面の人」と接してきました。なにがしかの仕事をしてきた方なら、誰しも経験しているかと思いますが、初対面の人と接するのは、気持ち的に結構骨が折れるものです。なぜならば、「相手は何を考えているのかわからない」、または「いつもの自分の接し方だと、うまくコミュニケーションが取れないかもしれない」と考えて、よく知らない相手が気分を害さないように、どれくらい気が短いのか、どれくらい自分と波長がある性格なのか、このあたり様子を見ながらなんとかうまくコミュニケーションをとるということ、これ自体が仕事以前に結構な重荷というかプレッシャーとなって、精神的にかなりの負荷がかかるからです。

これがいわゆる「work」の「work」たる所以である、ともいえるのですが、実はこういった局面が発生するのは、「work」だけではありません。そう、学校であっても趣味のサークルや習い事、教室、バンドなど、共通の好きな「何か」がある間柄でおこなう遊び(英語では「play」といって、明確に「work」とは区別されています)であっても、初対面であった場合には、まずはコミュニケーションを円滑に取るための努力をおこなわなければならず、そういった意味では「play」であっても「work」的な要素が必要とされるという、本人にとっては遊んでいるのか働いているのか、わからない状態になってしまう、というわけです。

AIには無理な領域

こういったシチュエーションで発揮すべき能力は、「機微」とか「気遣い」とかいわれるもので、スキルとして考えると、一朝一夕に対応できるものではなく、しかも初対面の人とのコミュニケーションは、人間の数だけ膨大なパターンがあり、しかもそのパターンは外見を見ただけでは判別せず、あくまでも「コミュニケーションをとった結果」としてわかるものです。今の世の中「デジタル・トランスフォーメーションだ、AIだ」と、いかにも「何もかも機械化するのが是」のような風潮ですが、そもそも人が滅んでしまうなどしない限りは、「初対面の人と話す」というシチュエーションは消えませんし、今のAIで代替するのは無理そうですし、情報のインプットに何年もかかりそうです。このあたりに「人間力」の秘密が隠されていそうですね。

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